1976年山口県生まれ。2010年、地元岩国で農業を始める。平日は神戸で会社経営、週末は山口で畑に立つ二拠点生活を継続中。現在9業態9店舗を展開。人や街、作物は「育てるものではなく、育つもの」と捉え、仕組みや環境という土壌づくりを重視する。地方の素材を都市へ届ける「地産外消」を掲げ、現場に並走しながら、人と場の可能性をひらいている。
僕は会社を経営したり、畑を耕したり、いろんなことを手掛けています。その根幹にあるのは「育てること」です。さらに言えば育てるというより、育つように環境を整えること。
それは人も作物も街も同じで、大事なのは土壌づくり。あとは、勝手に育っていくものだと思う。農産物だって、僕が種をまくかもしれないけど、育つのは、土からの養分を吸って勝手に育つ。だから僕にできるのは、土を整えて、あとはタイミングを見て必要なリアクションをすること。土づくりはしているけど、人づくりはしてないんです。そうではなく、人が自然と育つような土壌を整えているだけ。失敗を繰り返すなかで培ってきたのが、そういう考え方です。でも不思議と、今の時代の方向にもマッチしていると思います。教育することを優先していた時代から、自発性や学習することを優先する時代にシフトしているのが、今だと思うので。

自発的に考えるというマインドセットが絶対に重要で、あとは実際にどう行動するかだけ。僕はそう考えています。僕がファイブスクエアでやっているのは、スタッフが自然と能動的に行動できたり、チャレンジできたりするような土壌を整えることです。若い人はやりたいことがあっても、実際にどういう仕組みでやればいいか分からないとか、資金がないとか、経験がないとか、いろんなハードルがある。そこを僕たちのような歳を経た人間がサポートして、仕組み化し、実現可能にしていきたいと思うんです。誰かの夢を、実現するための手助けをする。そんなイメージです。
一言で言えばコンサルティングに近いかもしれませんが、僕は外から助言するよりも、当事者としてコミットし、並走する感覚を大切にしています。自分も一緒に、プレーヤーとして動いていたいと思うから。
ファイブスクエアには、夢ややりたいことがあって入社してくるスタッフもいますが、全員が全員そういうわけでもないんです。全然違う業界に夢を持っている子もいるし、それで全然いいかなとも思う。これから先に、やりたいことや夢を持つ人が、一人でも増えてくれたらいい。人との出会いが、新しい事業の可能性に繋がると思うので。

仕事と人生は、究極的には同じものだと思っています。少なくとも、別々に切り分けて扱う必要はない。人生のほうが大切だからこそ、仕事を人生の外に置いてしまうと、一日の多くを占める時間が「自分の人生ではないもの」になってしまう。それよりも、人生というひとつの器の中に仕事も含めてしまって、全部まとめて「自分の人生」と呼んだほうが、ずっと自然だと思うんです。
例えば与えられた8時間を仕事して、家に帰って10時間趣味に費やす人もいる。であれば僕は少なくとも、「その趣味を仕事にする」という選択肢があってもいいんじゃないか、と思ってしまう。
自分の仕事の意味というか、それがどんなゴールにつながっているかがイメージできれば、目の前の仕事に対する感覚も、少し変わる。今仕事に対して楽しみを感じられてない人の多くは、ゴールを見せられてないけど、レシピだけを見せられているような感覚だと思うんです。とりあえず走らなければいけないけど、どこがゴールか分からない。
料理だって、最終的にこういうパスタができるっていうビジョンを見せられて、逆算としてレシピがあるって認識できれば、仕事は、ビジョンを実現するためのプロセスになります。そうなると面白くなってくるはず。僕はお客様がどんな顔をして食材を食べているかが見えるし、分かる場所にいます。だからこそ米や小麦、野菜を育てることも楽しめている。ゴールが見えるようになったら、仕事の意味付けが変わると思うんです。
熱意だけでは、何事も実現できない。それは、これまでの経験から強く感じていることです。現場で何かがうまくいかないとき、つい「もっと頑張ろう」とか「気持ちを入れよう」と言いたくなる。でも実際には、そこじゃないことのほうが多い。
僕は「仕事」と「仕事ぶり」は、分けて考えたほうがいいと思っています。これはドラッカーの言葉から学んだ考え方ですが、現場に立つようになって、その意味がだんだん腑に落ちてきました。
「仕事」とは、何をどう進めるかという、あらかじめ与えられた役割や設計の話です。一方で「仕事ぶり」とは、その役割の中で、人がどんな気持ちやモチベーションで動いているかという話。
この二つが混ざったままだと、問題の所在が見えなくなってしまう。役割や設計そのものに無理があるのか。それとも、個人がその仕事の意味を腹落ちできていないのか。どこで止まっているのかが、分からなくなってしまう。
だからファイブスクエアでは、事前に考えること、途中で確認すること、終わったあとに振り返ることを大事にしながら、「仕事」の管理と「仕事ぶり」の管理をそれぞれ別々のものとして扱う。それは人を管理したいからではなくて、ちゃんと前に進める状態をつくりたいからです。動きの話をしているのか、仕組みの話をしているのか。ここが噛み合うだけで、現場の空気は驚くほど変わる。

これまで僕は、失敗もたくさん重ねてきました。過去に19店舗つくって、今残っているのは10店舗。だから結果的に言うと、10勝9敗なんですよね。でもそのなかで、10勝から学んだことよりも9敗したことから学んだことのほうが圧倒的に多い。今協業している仲間も、負け試合のなかで出会った人がほとんどです。
ビジネスなので勝ち筋を考えることも大切ですけど、死なないように負けられる経験をどれだけ詰めるかも、同じように大切だと思っています。結局実際にチャレンジして初めてわかってくることが多いので、やっぱり実践あるのみだと。だから、動き続けて、事を動かすっていうことだけは変えずにやってきました。
アメリカワールドカップの決勝で、PKを外したロベルト・バッジョの背中がめちゃくちゃ印象的でした。その後バッジョが引退する間際に言った言葉で、「僕は自分が思いついたプレーの中で最も難しいものを選択している」っていうのがあるんです。その言葉が、僕の中にずっと残っていて。自分もそうあろうと思って難しい選択をしつづけて、しっかり負けつづけた時期もありました。でもそうやって失敗の幅を広げられてるからこそ、何でも楽しく考えられるというのは、あるかもしれないですね。
事業も仕事も、どこまでいっても「人のため」にするものだって今は本当に思います。けど若いころって、そこそこ事業がうまく行きはじめると、自分がやりたいことを形にすることを優先してしまう。もちろんそれで成功する人もいるのですが、僕にはその考え方が合わなかった。だから、意義とか意味とか貢献のために自分自身が活動しているというか、誰かのためにっていうところがある事業形成のほうが、すんなり動ける。そこにたどり着くまでに、9回も失敗したっていうことなんです。
都会の地の利と田舎の地の利がもっと掛け算して、役割を分担して、シナジーを起こすようなことができたらいいなと思います。海外から見て優秀なコンテンツを日本でつくるにはどうすればいいかを考えたとき、豊かな自然と結びついた農業や食は、切り離せないと思うんです。
食に限らず、日本人ってアニメーションも漫画じゃないですか。それをリアルな現実の中でやろうと思うと、農業ってすごく使いやすい。食べたり飲んだりして「美味しい」というダイレクトな経験ができて、なおかつ食材の背景には物語があって、お金に代えられない価値が感じられる。国内外問わず、お金には代えられない体験をしてもらうために、農業にしか果たせない役割がある。自然の中で育まれたものを食べたり飲んだりすることを、次の時代には、海外から見ても面白いコンテンツに再構築したい。
そういう考えに近い発想から、クラフトビールブームが起こったりしていますが、まだまだやれると感じています。この流れを押し進めて、農業・飲食・まちづくりも巻き込んで、もっと人のライフスタイルそのものに影響を与えるようなことがやりたいと思います。

僕が思っているのは、自分の人生を自分でデザインして、生き生きと過ごしている人の数が増えたらいいなっていうこと。そこが一番なので、ファイブスクエアもそういうミッションを設定してます。みんながそれぞれ、ちゃんと自分の人生の主役になることが大事だと思います。僕は、その役に立ちたい。ただ、それぞれの人が育った土壌をつくった人ではありたいなとは思っています。
学校でいえば、校長先生みたいなイメージでしょうか。ファイブスクエア・ファームの校長先生。農業、飲食業かかわらず、育った人たちが飛び立って、どんどん活躍していく。自分自身が成功するよりも、みんなが成功するほうが素直に嬉しい。
野球で2軍を「ファーム」っていいますけど、ファームって元々は農場のことですよね。農場で育った作物が美味しく実るように、ファイブスクエアというファームで育った人たちが、一軍でどんどん花開いていく。僕はすくすくと成長していくファームの生徒を見守る、校長先生のような存在でありたいです。
